そのうちに片方の発動機は滑圧計が0になってしまいました。「駄目だ。どこか河辺の平らなところを探して不時着しよう。」そして高度をだんだん下げて着陸できそうなところを探したのですが、近づいてみると、平坦に見えたところが意外に凸凹がひどく、雑木のでかいのが生えているのです。速度はずっと落としていたのですが、とうとう翼が大きな木にぶつかってしまいました。飛行機は左に傾いたので、2人して思い切り操縦桿を右に修正したのですが、もう間に合いませんでした。ミリミリっと翼の破れる音がして、次の瞬間ガチャンと地面に当たって崖を滑って行ったようなのですが、私はそこで意識を失ってしまいました。
どれぐらい経ったかわからないのですが、バーン、バンという手榴弾や迫撃砲の音で意識が戻りました。しかし、目を開けようとしても目が開かないのです。額を切っていたのですが、その血が流れて目に入って固まってしまっていたのですね。もう一生懸命にこすって、ようやく周囲が見えるようになってみると、飛行機の発動機はみんなすっ飛んでしまい、天蓋もなくなっていて、私は安全バンドだけで宙にブラブラぶら下がっていたのです。安全バンドを外したとたん、ボチャーンと河の中へ落ちてしまいました。
三人で声を掛け合うと、幸い皆無事でした。しかし,敵に包囲されていることは歴然としています。ともかく逃げようということにしたのですが、石田伍長は一人で別行動をとって、姿が見えなくなってしまいました。これが石田伍長との最後の別れになってしまいました。
私と谷口曹長は飛行機から離れようとどんどん歩いて行って、再び河のふちに出ました。そこで、自分たちがどちらに逃げているか、河に枯れ草を流してみたのです。そうしたら、なんと敵の根拠地の方に向かって歩いていることが分かったのです。がっかりしましたねえ。」
――河の流れでどうして方向がわかったのですか。
「この河を下っていくと曲阜の街へ出ることを知っていたのです。仕方がないので、また元来た道を戻り始めました。私はこの頃から急に額の痛みや脚の痛みをひどく感じるようになりました。額の出血は止まったものの、ズキズキ痛み始めるし、脚は捻挫で腫れ上がってきていました。「明日は友軍がきっと助けに来てくれるから、今晩一晩の頑張りだ」と互いに励ましあって歩き続けました。しかし、そのうち3分歩いては10分休むといった具合になってきました。河に落ちたとき長靴の中に水が入り、靴下もびしょぬれになっているので、休んだときに、私の脚を谷口曹長の胸に、谷口曹長の脚を私の胸に、お互いに抱きっこしたわけです。ほんのり温かみを感じて生き返った気持ちになりましたね。
しかし、一度脱いだ靴は、再び履こうとしたら凍って変形してしまっていました。私は靴下のままで歩き始めました。そして、その晩は、「眠ったら凍死するぞ」と互いに励ましあって、くぼ地を見つけて夜が明けるのを待ちました。」