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16 避難生活で不満爆発
 
 阿部や井口にとって、王家村での新しい生活がはじまった。しかし、山東農村の民家に分散しての生活は、玲瓏金鉱の宿舎以上に不便なことが多かった。阿部も井口も一行のなかでは幹部として一番いい宿舎をあてがわれたのであったが・・・。
 先ずは、阿部の不満を聞いてみよう。

 「この村では、私の宿舎は立派な方である。然し、何たる家だろうか! 家の屋根裏から何本も何本もブラ下がったくもの糸に、太く煤がついて居る。草を燃やす為であろう。(中略)
 この家には便所がない。否あるのであるが、吾々には使用出来ないのである。あかり障子のすぐ外は豚小屋で、豚が逃げ出さないように、石の壁がある。この壁の上から、豚の棲家に排便をするのだそうだが、屋根もなければ戸もない。かきねもない。とても吾々には、少なくとも真昼は、使用できない。
 幸い、笠原の居る隣の家には、納屋の中に便所がある。納屋の片隅に小さな穴があって、其処に排便するのである。すると、隣に居る豚が、この穴から鼻をさしのべて、吾々の便をうまそうに食べ始める。豚にお尻をなめられそうで、とても落ち付いて排便が出来ない。それでも兎に角、この納屋の便所を拝借する事にした。相手が便所であるだけ、耐えられない不愉快さである。」(『招かれざる国賓』122〜123頁)

 井口も家族が多いので、農家の2室をあてがわれたが、暖房を焚くとサソリが出てくるような土地柄であった。

 「室は何れも、石を積み上げて土壁を塗ったお粗末なもので、片隅に腰の高さ位の坑(カン、オンドル)があるだけで、あとは土間である。室が温まると、壁の間から恐ろしいサソリが時々現れて、子供たちをおびやかす。この辺のサソリは体長5センチ位で、尾の先端部に毒針を秘めており、一寸突っつきでもすると、尾を立てて向ってくる恐ろしい動物である。靴をはくときや、掛けてある手拭を使うときは、一応用心しないとひどい目に会うことがある。現に私たちの一行でも1名の被害者を出してしまった。」(「ダモーイ」第9回)

 耐え難いことはいろいろあったが、食事もその一つであった。ここでも食堂が開かれて、共同で食事をとったが、中共では、彼らの決めた地位によって、一定の食事の基準があり、それに従わなければならない。阿部の語るところを聞こう。

 「私と、井口、緑川、高木、大槻の5名は、ミスター張、牟等の幹部と食事を共にする事になった。御馳走は2皿の料理に小麦粉のパンである。その他の男子は、中共の平幹部なみに、1皿の料理に小麦粉のパンである。子供と女とは、勤務者でないと云う理由で、包米(トウモロコシ)粉のパンに約1杯のお汁であった。」(同上書、124頁)

 同じ家族でありながら、主人と主婦・子供で歴然と差別のついた食事を目の前に置かれると、日本人には苦痛で耐え難い。そこで、阿部たちは、今は内戦のため退避してきていて別段仕事をしているわけではない、男も女・子供も同じ条件である、どうか平等な食事にしてもらいたい、と申し入れるのであるが、なかなか聞き入れてもらえなかった。

 しかし、なんと言っても彼ら日本人を苦しめることになったのは、給与の支給を止められたことであった。現在の食事では栄養失調を起こす恐れがあるので、勢い自分で買って 補給しなければならない。寒くなってきたので、カンで焚く草を買わなければいけない(この辺りでは干草を燃料としていた)。――こうしたことも満足にできないため、それぞれの家族のなかに次々と病人が出はじめた。

 日本人たちの不満は頂点に達し、ついに談判に及んだ。再び阿部の語るところを聞こう。
 「12月中旬、私は、ミスター張と牟君に面会して、
 『このままでは、事態は段々悪化してくると思う。正月が近づいたが、吾々日本人は、餅どころの話ではない。平常食にも事を欠いて、病人続出の状態である。給与支払に関して、私は御両氏に度々交渉して来た。あなた方も間にはさまってお困りだろうと思う。然し、このままでは、日本人の死活問題でありますから、大至急、給与支払方を公司側に要請して下さい。然しそれがひどく長引いて、手取り早く解決が困難ならば、5万円でも10万円でもいいから、年末に日本人全体に貸して下さい。それで、吾々はお正月を迎えたいと思います。』
 12月24日、玲瓏公司から、正式な通達があった。
 『日本人に対し、給与の支給はない。今戦時中で、公司にも金が無いから、日本人に貸す事が出来ない。正月には、日本人全体にリンゴ1個宛を支給する。なお、中国人には、1人当り豚肉半斤を支給するが、日本人には、特に1人当り1斤を支給する』と。」(同上書、132〜133頁)

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